「 L i E l I e 」
「シリウスぅ!」
耳覚えのある独特の甘ったるいイントネェションの響きが耳へと伝る。
反射的に、シリウスは眉を寄せた。
握っていた銀製のフォークを乱暴に皿へと放り投げ、
声がする方向とは逆の方向へと足を進める。
勢いよく立ったせいで、椅子が床へと倒れた。
・・・のが、音として耳へと聞こえてきた。
実際、今時分自分の座っていた椅子が倒れて出した音なのか、
違うのか定かではなかったが、
シリウスの眼は後ろを振り返らない。
後ろへと振り向けば嫌でも視界へと入ってしまう。
「シぃリウスぅ?」
進行方向に動いていた身体を逆向きの力によって止められる。
胴体には日焼けし茶焦げたまるで骨と皮膚だけで作られたような腕が巻かれていた。
気持ち悪い。
咄嗟の吐気に自然に口元へ手のひらを当てた。
まるで胸のあたりに圧迫されているようで、
固形物がのどにまで届いているようだった。
「はなせ」
なんとか無理やり空気で、吐気を押さえ込みながら言う。
しかし、平静にと言った言葉は掠れてなんとも情けのないものになる。
「やぁだ」
愉快にアイツは言う。
とても、愉快に。
金切り声のような高く妙に甘い猫撫で声が煩わしかった。
アイツが、付き纏い始めたのはいつの頃だったか。
それは、入学してすぐかもしれないし、ほんの最近の話かもしれなかった。
記憶が定かではないが、とにかく最初から気持ち悪いと思ってたのは確かだった。
嫌いぢゃなく気持ち悪い。
人間ではない違う生き物。
痩せこけた胴体に長い蛇のような腕。
黒い荒れた肌にパサパサの痛みきった人工的な金色の髪の毛。
いつも身体には異臭を漂わせ、汚れて茶色く変色しているダボダボの靴下を履き、
化粧は厚塗り。
目の周辺は黒く、それでいて妙に白かった。
リップが厚塗りして照っている唇に下品な笑みを浮かべた。
そして、俺にすきだという。
「ねぇ、ごはん食べないのぉ?途中だったんでしょぉ??」
そう問うがシリウスは返事をしない。
口を開ければ吐きそうだったのだ。
その代わり、強い力での腕をなんとか引き剥がす。
そして脱兎のようにこれ以上触られてたまるかと賑やかな大広間から出た。
それを口を尖らせながらは見、その後密やかに苦笑をする。
・・・また逃げられちゃったな。
それにしても随分な嫌われようである。
果たして”嫌い”という表現が合っているのかには定かではなかったが・・・
手のひらを見て一、二回開いて閉じてと繰り返す。
なんて、自分の手は汚いのだろうか。自分はどこかしこも汚い。
お風呂に入ったのはいつだったか?
の記憶の中にはもう留められてはいなかった。
それを香水で無理やり隠そうとするから余計強烈な匂いが漂っている。
そのせいなのか、定かではないがになんの用事なしで近寄る者はいなかった。
「汚い手でシリウスに触らないでくれる?」
の思考の中に声が入ってき、リアルの世界に急速に戻される。
しかしはその少女になんの興味も沸かない。感情が沸かない。
コイツは私にとってどうでもいい存在だから。
一瞥をした後にその子の横を通り過ぎた。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ」
無視されたかと顔を赤くし思い逆上した少女にはめんどくさそうに
ちらりと後ろを振り向きその顔にまた下品な笑みを浮かべた。
そして、何も言わず大広間を出る。
シリウスの居ないココに居る必要など食をしないにはなかった。
人気の無い廊下を歩いているうちに
あの少女に対して優越感が沸いてくるのを感じる。
別にシリウスの彼女でも何でもないから勝ったことではないのだが、
それに私は嫌われているからまず彼女達と同じ土俵には居ないのだが、
それでも、優越感がこみ上げてくる。
たまらずクスリと笑みが零れた。
「さんでもそんなふうに笑うことがあるんだね」
不意にした声に顔を上げれば馴染みの顔があった。
馴染みと言っても仲が良いわけではなく、話しかけられたのも今日が初めてだが、
それでも彼と四六時中一緒に居るカレは馴染み深い気がする。
「あぁーっっっ!!!!
リーマス・J・ルーピンだぁ!!シリウスわぁ?いるの??」
大袈裟とも言えるリアクションを取り、
辺りにシリウスがいないのを知ってはいるが、キョロキョロ見回す。
その事にリーマスはクスリと行儀の良い笑みを漏らすのが見えて、
は口を尖らせた。
「なぁにぃ?」
「いや・・・なんでもないけど、そんなにシリウスが好きなんだね。」
「すきだよ。」
リーマスは目を見張る。
すき、と言うの声は今までとは違い心地よい澄んだ声で
柔らかくどこまでも安らぎに満ちた微笑をしていたから。
「じゃあ、私行くね。」
先程の微笑が幻想だったのごとく
そのすぐ後にはもういつもの意地の悪い笑みに戻っていた。
「う・・・うん」
もうは駆け出していて、手をぶんぶんと此方に振っている。
それに片手だけ申し訳程度にあげ、
リーマスはと反対側へと向かった。
ドキッとした。
ルーピンがあんなこと聞くから。
あんな顔して私を見るから。
仮面が剥がれそうになるのを必死で抑える。
シリウスを好きなのを人に知られてもいいけど
シリウスをどれくらい好きなのか見られるのが怖いなんて
矛盾していることはわかったけど、
それでも私は見せてはいけない。
見せたら取り返しのつかないとこまで行くような気がして
怖かったから。